投稿日:2019年6月1日

10円と神さま 1話

 「かえったらベッタンやろー」

 昭和50年ころ大阪のどっか。7、8歳ころ「ベッタン」という長方形のメンコが流行し、近所の友達と勝負してはかなりの戦果をあげていたようで、みかん箱にぎっしりと戦利品の「ベッタン」が詰まっていた。とてつもな〜く強かったらしい。

 戦い方はシンプル。地方によってルールは異なるが、まずジャンケンで順番を決める。当時「最初はグー」はまだ使っておらず、いつもの仲間うちでは「いんじゃんホイ」だったと思う。もちろん普通に「ジャンケンポン」もあったが、相手によって使い分けていたようだ。そして順序を決めたら各々地べたにベッタンを置き、欲しいと思う相手のベッタンを自分のベッタンを使ってひっくり返せば、ひっくり返した相手のベッタンをゲット(本当に貰える)できる。ひっくり返したら続けてひっくり返すことができるが、ひっくり返せなければ次へと順番が変わる。

 ひっくり返し方は、置かれたベッタンに直接当てずに少し横らへんの地面に「パチン!」と叩きつけて風圧でひっくり返す方法と、直接相手のベッタンに叩きつけて、反動でひっくり返す方法の2通りある。そして勝負する場所は、駐車場などのアスファルト上、芝生などの草むら、砂場など特に決まってはいないが、砂場の難易度はかなり高く、まず風圧が使えないのと、叩いても下の砂場がクッションの役割をして跳ね返りにくいのだ。そこで、ベッタンを人差し指と親指で手裏剣のように持って角を相手のベッタンにコツンとぶつけると、なぜだか相手のベッタンはフワッと浮き上がりひっくり返るのだ。名付けて「カッチン」だったと思うが、ベッタンの角がすぐに潰れてゴワゴワになるリスクもあり、そのうちにこの技は禁じ手となる。

 ベッタンを奪われたくない一心で、勝負場所がいろいろ変わる。次に難易度が高いのがごみ捨て場前のコンクリートの打ちっぱなしで、当時の職人の技術力は凄まじく、ヒビや気泡穴がほとんど無く、場所によってはツヤツヤにテカっているのだ。ベッタンを配置するときにひっくり返されたくないので、コンクリの上に置いてからしっかり押さえるとコンクリと密着して、風圧でも叩いてもなかなか動いてくれない。さらにツワモノはベッタンの裏をベロンとひと舐めし、吸盤のようにコンクリに吸い付かせるのだ。こうなったらもはや勝負にならない。「カッチン」も効かない。牛乳瓶の紙蓋を口でいっぱいに膨らませた空気を「プハっ」と吹きかけてひっくり返す遊びも流行ったが、コンクリに四つん這いになって口で吹きかけてベッタンをひっくり返そうとする、勝つためには手段を選ばない。

 結局のところアスファルトや所々芝生のある固められた土の地面に落ち着き私の餌食となる。そしていつの日か「年下の子からもこんなに取ってきて!!」と母の逆鱗に触れることになることをこの時は想像すらしていない。

 そんなベッタンも当時は近くのキリン堂で5枚か10枚セット10円で売っていたような気がする。そしてもう一箇所、小学校の校門横でも売られていたのだ。ベッタンだけではない。飴細工、ひよこ、手品キット、スーパーカーマジック定規、スリンスキーなど、日を替えては怪しげなおじさんが巧妙で怪しげな語り口と、なめらかで怪しげな手つきで子供相手にいろんな物を売ろうとしている。

 「ギロチン」とオドロオドロしく書かれた手品キットを手にしたおじさんは、指をギロチンに模した穴に突っ込み「指をこーいれるやろ?」そしてあたかも切断するかのように「いくでえ」
「ガシャーン」
子供たちは「きゃー」「こわっ!」といって目を塞ぐと「切れてまへーん、グハハハ」ていうやつ。
「切れるわけあれへんやろ」とボソッと小声で突っ込むやつもたまにいる。

 スリンスキーは大きなバネで、階段の上から、「ジョワンジョワン」って降りてくるやつ。たいがいの子供は「上には上がれへんの?」ってわざとボケる。すかさず「上がれるかっ」っておじさん。マニュアル通りのボケとツッコミが微笑ましい。
 
 その中にあって、いつの時代でも男子たるものカード系の遊びが好きなのか、「スーパーカーマジック定規」には目をキラキラさせたようだ。

 柔らかめのプラのカードに鉛筆で線をなぞれるように細長く穴が空けられていて、絵が上手に描けない子でもスーパーカーが描けるというものだ。しかも「黒いカードが出たら当たり!」なんとスーパーカー消しゴム(以下スー消し)が貰えるのだ。当時スーパーカーブームでスー消しやサーキットの狼シリーズのプラモデルも流行っていて、将来はカウンタックに乗るつもりでいただけに、スー消しは放ってはおけない。1枚10円のカード欲しさに自転車で隣町にまで行っては、ゲットしたスー消しを友達に見せびらかしご満悦な笑みを浮かべるのだ。

 スー消しは、先述したごみ捨て場前のコンクリのツヤツヤなところで、指で弾いて(地方によってはボールペンのカチカチ部分で弾く)競争させるのだが、タイヤが付いていると滑りにくいので、コンクリの上でゴシゴシ削り、スー消しの裏面をツルツルにして、ホバークラフトみたいに滑らせるのだ。つわ者は、ツルツルしたスー消しの裏面にプラモデルで使うエナメル系塗料のタミヤカラーや木工用ボンド、セメダインを薄く塗って固まらせ、軽く研いでさらにツルツルにしたり、ホッチキスの針を打ち込んだり、サラダ油をもってきたやつもいた笑。そしてスー消しの次に流行る大相撲消しゴムやキン肉マン消しゴムを持ってきて、ヘッドスライディングさせるやつもいた。

 勝つための創造力がたくましく、皆が面白ければルールもころころ変わる。工夫することで勝負にはこだわるが、勝っても負けても喜びすぎず落ち込み過ぎず皆が楽しい。そんな遊び方や楽しみ方にヒントを与えてくれたのは、校門販売の怪しげなおじさんだったのかもしれない。小学校の校門先で子供相手にいろんなオモチャを販売するなんて、今では到底考えられないのかもしれないが、子供にも手の届きやすい10円のおもちゃで様々なご縁を結んでくれた。遊びの寺子屋だ。

「かえったらベッタンやろー」

「ええ天気やで、まっすぐ帰れるんか?」

「ちと見てみよか」

ソロリと校門から右の方を見てみる。

「おるやーん」
「ベッタンまたこんどやな」

「ははは!」

怪しげなおじさんの元へ、今日は何を見せてくれるのかな。何を話してくれるのかな。

楽しみだった帰り道

2話につづく by おっとこまえ

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