投稿日:2020年10月14日 -エッセイ-

風あそび

昔日の夏
部屋の片隅で壁に向い、その役目を終えた扇風機を、焼酎片手に眺めていた。

TOSHIBA CRYSTAL ZEPHYR

と書かれてある。今になって初めて知った。

そういえば…もの心ついた頃からあったような。きっと生まれる前からずっーと一緒だったんだろうな。

昭和50年。エアコンがなかった時代。家族に優しい風を届けてくれた扇風機との、あんなことこんなことを思い出した。


止まっている羽に向かって、息を吹きかける。
「ふー」
回らない。
渾身の息を吹きかける。
「プフー!!」
でも回らない。
限界MAXで吹きかける。
「ブシュルルルー!!!」
勢い余ってつばまで吹き出した
「いいかげんにしなさい」
母に優しく怒られた。
でも少し回った。


回っている羽に向かって、いろんな声を出してみる。
出した声すべてに濁点がついた。
動物の鳴き声を出してみる。
すべてに濁点がついた。
「おーかーしーほーしーいー」
「おーもーちゃーほーしーいー」
「おーかーねーほー…」
「いいかげんにしなさい」
また母に怒られた。
「おーこーらーれーたー」


羽の中央部分に赤いマジックを当ててみた。
羽が回るたびに円が描かれた。
おもしろくてずっとやった。
真っ赤になった。
今度は黒いマジックでやってみた。
真っ黒になった。
乾いては色を変え
乾いては色を変え
円を描きながら塗りつぶすごとに油絵のように塗料がこんもりしてきた。
「いいかげんにしなさい!」
今度は少々強めに怒られた。
マジックがカッスカスになった。


羽のカバーに、ビニールの紐を適当にちょん切って5本ほど結んでみた。
1(弱のボタン)を押してみた
「パラッ…パラッ…」
風が弱くて思ったようにはためかない。
2(中のボタン)を押してみた
「パタ…パタ…パタ…」
ちょうどいい感じに紐がはためく。
3(強のボタン)を押してみた
すると真横にピーンと貼ったように「ペチペチペチペチペチ」と勢いよくはためいた。
ビニール紐を数え切れないほど結ぼうとした。
「もういいかげんにしなさい〜」
笑われながら怒られた。
「シュパパパパパパパ!」っていう音を狙ってたのに。


シュルル…「上ル」ボタンを押すと上に伸びた。
ガン…下げるときは手で上から抑える。
シュルル…またボタンを押して上に伸ばしてみた。
ガン…下に下げる
何度も何度もそれを繰り返した。
シュルル…ガン…シュルル…ガン…シュルル…ガン…シュルル…ガン…シュル
「こるああ!!」
たまに父に怒られた。ビビった。
ぼくの背中が伸びた。


夏になると一緒に遊んでくれた扇風機、やりすぎると怒られることも教えてくれた。


今日、その扇風機とさようならした。
燃えないゴミの日に自分の手で送り出した。


心の中で何度も「ありがとう」と叫んだ。
何度も叫んだ。
背中で見送りながら叫んだ。
仕事場への車中で叫んだ。
何度も何度も叫んだ。
もう誰にも「いいかげんにしなさい」とは言われなかった。

今まで優しい風をありがとう。

風あそび | 那岐介エッセイ

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